ゆるっと広告業界

デザイナーのじたばた。

そうか、がらくたをかき分けていたんだ。

こんばんは、さじです。

阪神・淡路大震災から27年経ちました。当時の自分は新聞やキオスクで買ったニューズウィークで報道される記事と現地の崩れ落ちた高速道路の写真を見て人間の無力さを感じていたことを思い出します。

新聞業界の衰退、弱体化が叫ばれて久しいですが、ネットニュースで十分だと感じていた自分の考えが浅はかだったと思わせる記事がありました。

kahoku.news

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東洋経済オンラインの「昨年も180万部減、全然止まらぬ「新聞」衰退の末路」の中で紹介された河北新報(仙台)の企画記事ですが、資本主義のアメリカで消えゆくジャーナリズムと、地方紙のあるべき姿を実現すべくスタートアップしたデジタル報道機関を取材しています。

新聞を定期購読していた頃は気に留めなかったですが、取材に時間と費用を要する権力の監視。こういったものが投資ファンドによる経費削減を受け、削られた人員、限られた時間では優れた記事を書くことが難しい、といいます。良いものを作るには金と時間がかかる。どこも一緒ですね。

日本の新聞発行数も年々減ってきています。日本新聞協会が毎年10月に調査している新聞の発行部数と世帯数の推移によると、国内の総世帯数は増えているにもかかわらず、2000年代前半におよそ4700万部あった発行数が2021年には3000万部、3分の2以下に減少していました。生活スタイルの変化が大きいものの、この2年はコロナの影響で廃刊へと追い込まれた地方紙も多くあったようです。

自分は新聞の契約を一年前に止めました。記事の良し悪しと言うよりは単に老眼で文字が見えづらくなったせいで読まなくなったのが理由です。ニュースはインターネットで手に入るから問題ないと考え解約しました。デジタルにシフトしたweb版新聞を視野に入れなかったのはどこが良いのか決定打が見つけれなかったのがあります。

現在新聞の代わりに読むYahoo!ニュースにはオーサーという寄稿記者がいます。「この人の記事は現場目線だな」「独特の視点だな」という出会いがごく稀にあります。現在気に入っているのは3、4名いて、医療関係者や国際・ITジャーナリストの方です。時々の詳細や現場の様子、最新トピックを気持ち良いくらい赤裸々に書いてもらえます。インターネットの速報ニュースとは毛色が違うため、読みものに近い。信頼できる記事、面白いと思う記事は記者の力なんだな、と今更ながら感じました。

ニュースや記事には納得できる的確な意見と信頼できるソースを求めていたはずです。新聞が担っていたこの部分を、デジタル主流になってからは「速いこと」「情報が多いこと」が消費者のためになっていると勘違いしていました。はたと気づけば新聞をろくに読んでいなかったことが残念に思えてきます。日本にも取材力を発揮した新聞記者はたくさんいたはずなのに。

最後に記事よりジャーナリズムの現状を静かに諭されたので引用します。情報が多いことが自分たちにとって良いことなのだろうか、と漠然と浮かび上がった思いを言葉にしてくれていました。

優れたジャーナリズムの欠如は、誤った情報の氾濫を招く。がらくたでいっぱいの海のようだ。

(引用:上述〈下〉本文より)

がらくたをかき分けるのが疲れた自分を見透かされた気持ちです。

さじ