ゆるっと広告業界

デザイナーのじたばた。

伝統を伝統のままに伝えるには。

こんばんは、さじです。

日頃、言われてみればというフィードバックを受けることがあります。デザインした時に意図していない受け取られ方で、模様やインフォグラフィックなどで起こります。例を挙げると、作図したグラフィックが怒っている人の顔や虫など「○○」に見える、といったご意見を頂戴します。こればかりは作った本人も気付きませんのでありがたいことです。

と、こんなことを思い出したのはとある記事を読んだから。

373news.com

大島紬の秋名バラ柄を模したサッカーの公式ユニフォームがナチスかぎ十字に見える、という指摘がヨーロッパで上がったとのことです。気の毒ですが、確かに見える。言われなければおそらく気づかなかったことですけどね。

製作中に想定していたそうで極力リスクは排除したとのことですが、記事中の秋名バラ柄を画像で見ると、そこまで目立ちません。配置の力を感じてしまいました。

斜めに配するのは悪くない。サッカーなどのスピード感のあるスポーツであれば動きを感じるし、生地のてかりが生きたユニフォームらしいものです。しかし、斜めにしたことでかぎ十字に近づいてしまったのは事実。十字の濃淡をもう少し差を広げたらただの十字になったように思います。実際、赤い方はかぎではない十字に見えます。

新デザインは「きずな つむぎ」 – 奄美新聞

が、やはり一度見えてしまうともうダメですね。他の秋名バラ柄はどうなんだろう?と画像を検索してみると、いや、まったく気にならない。注目すれば、あー、ここがその部分ね、となりますが、伝統柄というだけあり完成された「柄」だなと感じました。

ユニフォームではちょうど交差の部分が押し出されて感じます。が、気持ちはわかる。柄の中でどこをポイントに置くか?を感じるままにデザインすると自分もそうするかもしれません。図形の配置には座りがいい場所というのがあります。

怖いのは、それが過去の痛ましい記憶を呼び出すことがある、ということ。どちらが先にあったのかといった問題ではなく、そう感じる声を無視するわけにもいかない当事者に、小さな同情も芽生えます。このユニフォーム、どうなってしまうんだろう。

普段デザインや言動で政治的、歴史的なことまで考えが及ばない自分にはインパクトのある記事でした。感じるままにデザインするデザイナーには、公平で思慮深いディレクターが必要なのかもしれませんね。

さじ