ゆるっと広告業界

デザイナーのじたばた。

書きましたよっと。

こんばんは、さじです。

年の瀬ですからブログもみなさん季節を感じる話題が多いですね。ついこの前お正月だったのにもう次のお正月。

年賀状の話題もありました。

whisky-coke.hatenablog.com

のんべえさんにコメント書いたんです。コメントって後から書いた方の通知が来ますでしょう?「○○さんの○○にコメントしました」って感じの。それがほら、タイトルが「年賀状だしましたか?」なので。数日の間のんべえさんやいろんな方から「書いた?」「まだなの?」と言われているかのようで苦笑していました。おかげで忘れずに済みました。後からコメント書いた方もありがとうございます(笑)。

昨年もギリギリだった気がしますが、今年もです。パソコンで作る年賀状に一言書き入れるのをここ数年減らしています。何枚かは書くんですけどね、あまり毎年話題も変わらないもので。親戚関係はすべてそのままで勘弁してくださいね。

この一言。書きますか?そして、読みますか?何が書いてあるかにもよるんですが、正直なところ、この数年はほぼ読みません。というか、友人も報告する内容がマンネリ化し(子どもが成長したからね)年賀状が本来の年始挨拶だけになってきたと感じます。ともすればもう二度と会わないだろうな、次に会うのはどちらかの葬式かもな、いや、それすら行かないし来ないだろうなんて薄情なことを考えてしまいます。連絡先として繋がっていた方がいいものなのか。でも多分会わないよな。ただ、出したい人がいることも確か。年に一度、思い出して欲しい。昔の恋人じゃあないですよ。

自分の友人付き合いはドライなもんです。知り合いは多いが友だちは少ない。自ら連絡を取るのは2人です。その2人とは一生友人でいると思う。仲間という意味での友人ならば、社内で親しくしてた数人は一年後、名前も忘れているかもしれません。同じ目的の中で知り合った友人とは、その目的が無くなると会わなくなるものです。お互い、必要がなくなったときでも会いたいと思えるかどうかは本当の友人と仮の友人の違い。

仕事で昔お世話になったりお世話した人への年賀状をここ数年、減らし続けてきました。毎年5枚程度減少していき、今は約半分に。まあ、来なくなったから出すのをやめた、という人もいますし、お互いに出すか、出さないかを悩んでいる節があると思うんです。来たから出した、みたいなね。

受け取ったらお返し。この制度も長く続けていましたが、先ほど書いたように「葬式にも行かないだろうな」という付き合いで年賀状だけが宙ぶらりんの立ち位置。最近は最後の年賀状として出す人が出てきました。長い付き合い(年賀状だけのね)から去るのは寂しい気持ちがあるかと思いきや、ホッとしている自分に気付きます。

今時は連絡先なんてどうにでもなります。どうしても会いたくなれば古い名簿を探し出して片っ端から連絡すると誰かしらが存在を知っていて、見つけ出せる。過去にも知人のツテから同窓会メールが届いたりして「個人情報保護違反や」と笑い話になりました。と、減らした言い訳も尽きたところで。

「年賀状だしましたか?」という記事へのコメント通知に「書く、書くから。。」と毎度答えていたのを白状しまして、今日出したよ、と報告しますね。

さじ