ゆるっと広告業界

デザイナーのじたばた。

みんな元気かなあと。

こんばんは、さじです。

生まれ育った地元を離れているため中学高校の同級生に会う機会がないもので、同じ名字をニュースで見ると懐かしくなります。

連絡がすぐとれそうなのは古い携帯の電話帳に残っている2人と、年賀状に連絡先がある10人くらいならまだなんとか繋がれそうです。10年前「Facebookやれよ」と言われてやんわり拒否したのは、常に繋がっていたくない自分らしい選択です。

同級生で1人、病気で早くに亡くなった方がいます。高校のクラスで出席番号が前後。特別仲が良かったわけではありませんが、いくつかの会話が記憶にだけ残っていて、いつの日か親御さんにその話でもしてあげたいなと思いながら10年経ってしまいました。

昔の友人との何でもない会話や一瞬の光景は、思い出の中でも美化されないままです。本人が覚えていてほしい記憶とは真逆のなんのオチもないただの会話。しかし、普段生きていてドラマチックな場面なんてそうそう訪れません。何でもない会話や癖や歩き方が、彼や彼女の一部で全部です。

先に出てきた早くに亡くなった同級生ですが、当時から持病があったことは知っていました。今思えば、何か悲しませるようなことを言ったりしなかったか、と答えのない問いかけだけが自分に残されました。そして、ご両親の無念を思います。

この不幸があってから、自分は身内の死を必要以上に怖がらなくなりました。冷たく聞こえますが親が子より早く亡くなることは自然なことです。働き盛りに事故で亡くなった知人の通夜に参列した際、遺族席に座る小さなお母さんの横顔が痛ましくて見てられませんでした。自分の親にそんな思いはさせたくないです。

自分は決して親よりも早く死ぬまい、事故や事件に巻き込まれることのないよう真っ当にコツコツ、気をつけて生きよう。好きなことを出来ることに感謝しながら、ですね。

さじ