映画|「市民ケーン」を考察する
こんばんは、さじです。
以前ひょんなことで知った古い映画があり、Amazonプライムビデオで見つけました。古い故、音質、字幕などが少々難儀でしたが面白かったので記録に残しておこうかな。
画像:Amazonより
あらすじ
死に際に「バラのつぼみ」と言い残して去った資産家で新聞王のケーン。謎の言葉の真意を探るべく、新聞記者がかつてのケーンを取り巻く人物に話を聞いて回り、ケーンの人物像を追っていく。映画は新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストをモデルにしたとされている。
序盤、邸宅内のショットやアメリカの歴史、金融界など最初とっつきにくく冗長に感じました。1930年頃に世界恐慌があったってことだけ数字で覚えてるといいかもですね。あと、登場人物の概要と相関図があると序盤を乗り切れる。この12分ほどはケーンの生涯をまとめた追悼特集番組的なもので、これに対し新聞記者のトンプソンが「訴えたいのは彼が何をしたかではなく、どんな人間だったか?」「そうだ、死に際の謎の言葉の意味を探れ」からが一気に面白くなってくる。序盤で脱落するにはもったいない作品だと思うので、ま、なんなら冒頭12分はカットして観始めてもいいと思います。
序盤のポイント(構成の都合で時系列は前後します)
- ケーンのザナドゥ宮殿の歴史と紹介
- ケーンにより廃業寸前の新聞社はニューヨーク屈指の新聞社へ
- 資産の元はケーンの母が譲り受けた鉱山の権利書の相続
- その管財人として選ばれた金融界の大物サッチャー
- 人々に支持され、また恨まれる存在でもあった
- 2度の結婚と離婚
- 再婚相手のオペラ歌手のためにオペラハウスを建設
- 知事選に出馬、スキャンダルにより失脚
- 大恐慌により新聞社は倒産
- 晩年は彼の影響力も衰え宮殿で一人孤独に過ごす
で、相関図をまとめてみました。こちらを参考に気になる方はご視聴をどうぞ。
考察
何を書いてもネタバレになるのでこちら。クリックで開きます。(長文)
スーザンとの関係は恋愛感情なのか?
金を持つケーンが搾取される市民のために政治家を目指す。結局、勝利目前に自らの不貞疑惑で政治家生命自体を失うことになるが、不貞行為の事実は描かれていない。選挙のライバル政治家に不貞を口にされた際のスーザンのセリフに「そんなことは」とある。当時、すでに冷めた夫婦関係なので事実関係もあったかもしれないが、スーザンの真正直な性格を思うと、どうもピンと来ない。年齢差も考慮すると、ケーンとスーザンは親子の愛情に近いと思った。二人が出会った頃、スーザンは「母は私をオペラ歌手にしたかったの。母親ってそういうものでしょ?」とある。結局は結婚(再婚)するので曖昧だが、ケーンがスーザンをオペラ歌手にしたいと金と手を尽くすわけで、親の目線だったと解釈していいと思う。すると、不貞疑惑も親子の愛情に似たプラトニックなものだったのかもね、と。ま、事実はどうあれ、政治家には大ダメージだよね。
彫刻の収集癖の意味
異様な収集癖を持つケーン。有り余る金を使い、満たされない気持ちを補う為というのが大方の考察のようだ。が、これもちょっと違うように思った。ゴミ同然の彫刻や価値のない作品も集めていたと考えられるやりとりが終盤執事のセリフにあるため、今でいう、ゴミ屋敷の感覚が近いと思う。人が作り上げたもの全てがケーンには宝物に感じたのかもしれない。そのため、収集癖は芸術品の所有欲よりも手に入る物を失うことへの恐怖観念の方がしっくりくると思う。
動物園を設けた理由
邸宅の敷地内には私設の動物園がある様子が序盤に出てくるが、動物に関することはその後全く触れられない。スーザンとの出会いの中でケーンが手で影絵をやってみせるシーンがあるだけだ。鶏の影を見て「キリン?ゾウ?」とトンチンカンな答えを言うスーザンは動物園には行ったことがないようだ。自分には「動物園」=「子ども」のイメージがある。ケーン自身は6歳までの親子関係でもしかしたら動物園へ出かけたことがあったのかもしれない。そう思うと邸宅の動物園はケーンの子ども時代への回帰以外に、スーザンに子ども時代を味わせたいと考えたように思う。これも娘に対する愛に近い。
母メアリーの愛
と、ここまでを総じると、ケーンの幼い日々の「愛情不足」がここかしこに影響していることと思う。なぜケーンが親と分かれニューヨークに連れていかれることになったのか?ケーンが母との別れを嫌がり、連れて行こうとする後見人サッチャーに対しソリを投げつけるシーン。父「お仕置きしておくので」母「だからケーンを手離すことにしたのよ」。ここでその背景に納得する。父の日頃のしつけ(という暴力)から守るには、子と離れるしかないと決断した母の強い思い。ケーンは父に対しても恐怖を感じてはいなかったようだが、目に余る行為だった可能性が高い。夫婦が受け取るお金、年5万ドルは当時の金額としては十分すぎるほどだが、賢い女性のようなので金鉱山が生み出す価値は既にわかっていたはずだ。ほぼ権利を放棄した母の「金より子ども」の強い愛が見てとれる。
重要なアイテム「ソリ」
スーザンとの出会いでもう一つヒントがある。彼はその日「母の遺品の倉庫」に行くところだった。ケーンは母の遺品からある物を探したかったと思うのだが、それが上述のソリなのではないか。ラストシーンに突如現れるソリは、母の遺品を丸ごと保管した中のひとつだろうが、古いガラクタに紛れた小さなソリが彼の子ども時代の母の象徴のようだ。彼はこのソリを溢れる遺品の中から見つけ出せなかったのだと思う。
バラのつぼみとスノードームの意味
結末にいよいよ現れる「バラのつぼみ」の真実。記者トンプソンは真実に辿り着けず「欠けたパズルの一片」と結論付けてしまうわけだが、映画の視聴者にのみ真の意味が明かされることになる。ケーンが死に即したとき、かれの手にはスノーボールがあった。「バラのつぼみ」に隠されがちだが、このスノーボールにも深い意味がある。上述の母との別れの日、彼が遊んでいたのは雪降る中でのソリ遊び。母は薄着のケーンに「マフラーをして!」と窓から叫ぶ。息を引き取る際、手の中の雪舞う小さな球体の中に、そりで遊ぶ少年と嗜める母の姿が見えていたに違いない。勝手な解釈で恐縮だが、母の無償の愛を小さなソリに描かれた「バラのつぼみ」に見出していたように思う。スーザンが去った直後、破壊行為に及ぶケーンを止めたのはスノーボールであった。そして、死の瞬間にも見返りを求めない愛は彼の人生で母だけだったと悟ったということだ。
満たされない人生の最期に
金のない人生より金のある人生が良いとは思う。しかし、金があっても満たされないケーンの一生。その根底にあるのは親子の愛情だった。幼心に植えついた親子愛の欠落。彼が求めたのは愛する母との暮らしへの欠落感を埋めるための波乱だったと思う。金、ビジネス上の繋がりや男女仲、友人との関係。そんな上っ面を人生の最期に思い出すことなく逝ったケーンの死は物悲しくもある。しかし、新聞王ですら最期は母への慕情だったということだ。そこに「(とある)市民ケーン」というタイトルがあると気づき、秀悦さを感じずにいられない。
感想
おそらく、映画ファンでも好き嫌いが分かれると思います。というのも、レビューを見ると結末を最終的に理解出来ずに終わる視聴者が一定数いるみたい。謎に対してストーリーやセリフで解決を求めたり、自分で余韻から結論を引き出すのが苦手な人には向いてないかなーと思います。歳とともに行間を読むのが見慣れたというのもあるけど、配信だと気楽に巻き戻しができるのも利点だな。
古いモノクロ映画で面白いなと思うのは稀です。エデンの東、カサブランカは大昔観たけど覚えていない(笑)古映画がようやくわかる歳になったってことでしょうか。
さじ
謝辞:毎度どうも!!
ごくごくお手軽に記事の一部を隠し、クリックで表示する方法【JavaScript】 - Little Strange Software